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神戸地方裁判所 平成5年(わ)140号 判決

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中二五〇日を右刑に算入する。

押収してあるポリ袋入り覚せい剤一一袋(平成五年押第九四号の1ないし11)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、Aと共謀の上、営利の目的で、みだりに、平成五年一月二二日ころ、神戸市中央区磯上通五丁目一番一三号磯上公園住宅四〇八号のA方において、フェニルメチルアミノプロパン塩類を含有する覚せい剤結晶性粉末約3.78グラムを所持したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(争点に対する判断)

弁護人は、被告人とAとの事前の共謀及び共同所持の各事実はない旨主張し、被告人も当公判廷において、「本件について全く身に覚えがなく、起訴状記載の日時にA方にはいなかった」旨右主張に沿う供述をしているので、以下、検討する。

一  客観的証拠―A方の捜索差押えによる物証

平成五年二月八日、判示A方において、ポリ袋入り覚せい剤結晶性粉末一一袋(平成五年押第九四号の1ないし11)、チャック付きポリエチレン片一枚、両皿天秤一個、ポリ袋入りプラスチック製注射器一本(同押号の12)及びちり紙に包まれた注射器一本などが押収された。

二  A供述の内容とその信用性

1  A供述の内容

本件の証拠構造からみて、被告人が本件覚せい剤の営利目的所持の共犯者であるかどうかを判定すべき直接的な証拠はAの証言のみであるので、まず同証言につき検討することとするが、Aは当公判廷において、「昭和六一、二年ころ、Bの紹介で被告人と知り合い、一緒に競輪をするなどの付き合いがあった。平成四年九月か一〇月ころ、被告人が判示の自宅にやって来て、刑務所に行っていた旨打ち明けた。それから間もなく、被告人が自宅まで朝鮮人参を約一〇本持って来て、買主を探してくれるよう依頼した。その約一週間後、被告人が自宅へ来て、朝鮮人参の売れ具合を聞いたので、売れなかった旨伝えると、被告人は三本くらいをくれ、残りを持って帰った。平成五年一月二一日夕方ころ、被告人が自宅へ来て、『覚せい剤五グラムを五万円で買って来るので五万円出してくれ。0.2グラムを一万円で売って小遣いを儲けよう。』などと言って覚せい剤の密売の相談を持ちかけてきたので、『0.2グラムを一万円で売ったらそのうち五〇〇〇円を貰えばいい』旨述べ、儲けを折半するとの約束の下に覚せい剤の購入代金として五万円(一万円札五枚)を被告人に渡した。翌二二日午前八時半ないし九時ころ、被告人がちり紙のようなもので包んだチャック付きポリ袋(約六センチ×四センチ)に入った覚せい剤(小さい粒々のもの)を持って来た。一〇年前以来、覚せい剤を見るのは二度目だった。Bから三、四年前に預かった段ボール箱の中に入っていた天秤で計量したところ、風袋込みで4.4グラムだったので、約束の五グラムに足りない旨被告人に伝えた。それに対して被告人は、覚せい剤を入手してくれた相手に不足分を取られたと思う旨答えたので仕方なく納得した。計量後、被告人が覚せい剤を一回打ちたいと言うので、被告人に注射器を渡してやると、被告人は、その注射器で覚せい剤を注射した。自宅にあった押収された注射器は、知人で糖尿病のCが、三年以上くらい前に、四、五本置いていったもののうちの二本で、残りの二、三本は、平成四年一〇月ころ、四、五回程自宅に来た被告人にやった。覚せい剤の小分けの方法については、被告人が、ナイロン袋を切って割り箸か小さい鋏で押さえてライターの火で閉じれば簡単だと教えてくれた。自分は販売先を知らなかったが、被告人は、『一人、二人知っとるから何とかなる。』と言って、帰っていった。同日昼ころ、自分一人で覚せい剤を約0.2グラムずつ一九袋に小分けした。小分けした覚せい剤を自分の所に置いていたのは、自分が五万円を出したからである。翌二三日、被告人が右一九袋のうち二袋を持って行き、自分が逮捕される前日の二月七日までの間に、被告人が四、五回覚せい剤を取りにきて、合計八袋を被告人に渡した。残った一一袋が同月八日に押収された覚せい剤である。同年一月二三日から同年二月七日の間に、覚せい剤売却の分配金として、被告人から合計三万円を受け取った。当初、被告人を庇うつもりで、捜査官に対して、覚せい剤を持ってきたのはDだと言っていた。しかし、警察官から覚せい剤に関係あるDは岐阜県に一人しかいないと言われ、Dなる男の顔写真も見せられたが、全然知らない人であり、本当のことを言えと追及されたので、本当のことを言った。被告人を庇いたい気持ちはあっても、恨み、憎しみの気持ちは全くない。」などと供述している。

2  A供述の信用性

前記のように、Aは、被告人からの覚せい剤を売って小遣い儲けをしようという提案の内容、それについてのAの対応、Aの取り分は一パケ当たり五〇〇〇円というような具体的な売上金の分配など、被告人との共謀成立状況及び共同犯行状況を相当詳細に供述しているだけではなく、その内容は捜査段階から当公判廷に至るまでほぼ一貫しているものと認められることに照らすと、A供述は一応信用できるものと考えられる。

ところで、A方から押収された覚せい剤一一袋や、注射器、天秤などの前記一の客観的証拠の存在や、A自身が覚せい剤を小分けしていること、覚せい剤使用の常習者である被告人と、やはり覚せい剤と関係が深いBを介して知り合っていること、注射器や天秤の入手経路について不自然、不合理な弁解に終止していること、殊に、注射器は三年以上くらい前糖尿病の知り合いが置いていったなどと言う(右供述は平成五年六月のものである。)が、そのうちの一本(平成五年押第九四号の12)は平成四年六月に製造されたものと認められ、右供述と明らかに矛盾していることなどの諸事実に照らすと、Aは、本件以前から覚せい剤の売買に相当程度関与していたのではないかと推認されるところであるが、A供述中には、例えば覚せい剤を見たのは二度目であるなど右推認に反する部分が散見され、そのことがA供述全体の信用性に影響を及ぼすのではないかとも考えられるので、検討する。

そもそも、本件において、Aは、小分けされた覚せい剤を自宅から押収されているのであるから、覚せい剤を密売目的で所持していた事実を否認することは困難であるところ、Aには二〇年以上前の前科が二犯あるが、覚せい剤関係の前科を含む薬物関係の前科は全くないので、本件以前に覚せい剤の売買に関与したことがないという事情があれば、一般的に言えば、それはAの覚せい剤の営利目的所持等の裁判においては量刑上有利に斟酌されるべき事情になると考えられ、そこでAには、過去に覚せい剤の売買など、覚せい剤と何らかの形で関与していたことを窺わせる事実を徹底的に否定する動機のあることが窺われるのであって、Aの供述内容及び客観的証拠を総合すると、Aは、従前覚せい剤の売買に相当程度関与していたことを極力隠そうとして、その点に関しては虚偽を交えて供述しているため、Aの供述に信用できない部分が混入したと考えるのが合理的である。

そして、Aは、本件においては小分けされた覚せい剤を現に押収されている以上、事実を率直に述べて反省、改悛の情を示し、そのことで裁判所に量刑上有利に斟酌してもらおうと考えることも十分あり得ることであって、当初被告人を庇うためにDなる人物から入手したと虚偽の供述をしていたのに、真実を述べるために被告人から入手した旨の供述に変更したというAの前記供述もそれなりに頷けるところであり、Aが真の共犯者を隠すために被告人を共犯者に仕立てた旨の弁護人の主張については、後記のとおり、被告人の言動が無実の罪を着せられた者のそれとしては不自然、不可解であると言わざるを得ないことに照らすと採用しがたい。また、弁護人は、Aが、現行犯逮捕時所持量を約二グラムと述べていたのに、後にその供述を変更したことを不自然であるとして、同人の供述が信用できない理由の一つに挙げているが、差押え直後の現行犯逮捕時には現実に差し押さえられた量のみを所持量として述べ、その後の取調べ時に当初所持していた実際の量を述べるということは普通にありうることであって何ら不自然ではない。

以上を総合すると、A供述に一部信用できない部分があるからといって、その全体の信用性を否定するのは相当ではなく、被告人と本件との関係についてのA供述の信用性を正しく評価、判断するためには、その他の証拠、すなわち他の関係証人の供述や、被告人の捜査段階から当公判廷に至る供述等をも総合考慮する必要がある。

したがって、次に、それらを検討する。

三  その他の証拠の検討

1  その他の関係証人の供述とその信用性

(一)K供述の内容

被告人と覚せい剤を一緒に使用していた仲間である証人Kは、「平成五年二月九日、前刑(覚せい剤取締法違反)による服役を終えて出所したが、その日、被告人がやって来て、二人でAのところに覚せい剤を買いに行った。それまでAから覚せい剤を買ったこともなく、Aのことは知らなかったが、被告人は、Aのことを、大島組のシャブ屋と言っていた。被告人が今までAから覚せい剤を買っていたかどうかは知らない。結局、その日Aと連絡が取れず、被告人はそれ以外の場所で覚せい剤を買おうとはしなかったので、覚せい剤は、翌日、自分の知っているところで買った。その後、被告人が逮捕されるまでに被告人が使用した覚せい剤は、全部自分が無償で与えたものである。出所後一〇日か半月ほどして、被告人が相談に来た。『警察に捕まるかも分からへん。Eから頼まれ、Aに覚せい剤五グラムを五万円で売ってやった。どないしたらええんやろう。』などと言っていた。『情報屋から警察の動きなどの情報を聞いた、三〇万円ほどで揉み消してやると言われた。』などとも言っていた。それに対しては、『体から覚せい剤を抜き、仕事でもしておけ。一対一やったら否認しとけ。警察に捕まっても、自分が薬を被告人にやってたことを言うなよ。』と言った。被告人は、無実なのに疑われているとは言っていなかったが、被告人が覚せい剤を売ったという話は初めて聞いた。被告人から、覚せい剤を貰ったことはない。被告人とは覚せい剤仲間だが、捕まったときに自分のことや、出所後連れ歩いた覚せい剤の取引先などを警察に話してしまったので、今は、遺恨に思うことがある。」などと供述している。

(二) Kへの相談に関する被告人の供述について

Kに相談を持ちかけたことに関し被告人は、「逮捕される四、五日前の平成五年二月二〇日ころ、Kに対して、『二、三日前にFと名乗る情報屋がアパートに来て、Aがお前から覚せい剤を受け取ったと言って、葺合署から逮捕状が出ている。金を三〇万円用意すれば、握り潰してやると言われた』旨相談を持ちかけた。Kは、仕事に行ってどこかに身を隠せと言っていた。Fに対して、右の旨依頼したが、三〇万円の受け渡しや、連絡先などの話は全くしておらず、Fの方からまた来るだろうと思っていた。」などと供述している。

(三) S供述の内容

被告人が、逮捕当日、葺合署の留置場で同房だった証人Sは、「被告人は、否認という言葉をよく使っており、『一対一ということで、小さい娘もおり、病弱の妻もいるから、懲役に行くわけにはいかない。』などと言っていた。そして、逮捕されたことについて憤慨しており、捕まるとは思っていなかったとか、納得いかないなどと話していた。ただ、無実なのに逮捕されて憤慨しているようにも見えなかった。」などと供述している。

(四) 前記各供述の信用性

まず、K供述については、被告人とKとの従前の関係に照らすと、Kは敢えて嘘を言って被告人を罪に陥れるというよりは、被告人がKと共に覚せい剤を使用したことなどを捜査官に供述したため、多少とも恨みに思い、被告人に関する事実を暴露したと考える方が自然であり、右のような意味において、K供述の信用性は、概ね高いと考えられる(もっとも、被告人がKに逮捕されるかもしれない旨相談したという平成五年二月二〇日ころには、被告人の逮捕状がいまだ発付されていなかったので、被告人が、Fなる情報屋がお金で事件を握り潰してやると言ったなどとKに話したこと自体は認められるとしても、そのような事実が認められるかは相当疑問である。)。これによれば、被告人が逮捕されるかもしれない旨Kに相談したこと、右相談の際、被告人は覚せい剤五グラムをAに売ったと述べていたこと、Kから、覚せい剤を抜き、仕事でもしていうと言われたことなどが認められる。

また、Sは、被告人はもちろん、A、Kにも以前会ったこともなく、今回逮捕され、被告人と同房で留置されたという関係しかなく、第三者的立場の証人と言え、その点で右供述の信用性も基本的に高いと言える。これによれば、被告人は、逮捕当日すでに、懲役に行くわけにはいかないとか、一対一なので認めるわけにはいかないなどと述べていたことが認められる。

2  被告人の捜査段階及び当公判廷における弁解等について

(一) 逮捕にいたる経緯

被告人に対する逮捕状は、平成五年二月二三日、神戸地方裁判所裁判官によって発付されたが、その被疑事実の要旨は、判示日時場所において、Aに対して覚せい剤約4.4グラムを譲渡したというものであった。

被告人は、翌二四日午後二時ころ、警察官により自宅を捜索され、同日午後三時過ぎころ、警察官によって兵庫県葺合警察署に任意同行された。警察官は、被告人が三、四日前に覚せい剤を使用したと供述していたことから、被告人から任意で採尿手続きをし、右の尿を簡易検査したところ覚せい剤反応が出たため、被告人にその事実を伝えるとともに、兵庫県警本部科学捜査研究所へ鑑定を嘱託したが、同日午後五時三五分ころ、被告人の右尿中から覚せい剤は検出されなかった旨の連絡が葺合警察署警察官にあった。

その後、後記弁解録取書作成までの間に、被告人は、任意提出した自己の尿中から覚せい剤反応が出なかったことを知った。

(二) 被告人の逮捕時及び弁解録取時の供述

被告人は、同日午後五時四〇分、葺合警察署において、前記被疑事実による逮捕状を執行されたが、警察官から被疑事実を読み聞かされた際、被疑事実を間違いないと認め、引き続き、同日午後五時四五分、逮捕の際の弁解を録取された際にも、「一 事実を読んでいただき、そして又、逮捕状を見せていただきましたが、たしかに、そのとおり、間違いありません。二 弁護人のことは分かりました。国選弁護人をお願いします。」と記載された弁解録取書に署名指印している。

右弁解録取書について、被告人は、右弁解録取書に署名指印したときには、弁解録取書の用紙が半分に折り曲げられており、被告人としては弁護人を選任することができることを告げられただけだと思って署名し、指印したとか、被疑事実は読み聞かされたと思うが、その事実についてこれから調べると言われただけで、弁解録取書という説明はされていないとか、弁解録取書という書類があることも知らなかったなどと弁解するが、右弁解録取書の前記記載内容、被告人の右弁解内容、被告人の弁解を録取した警察官である証人Gの供述及び被告人は過去に前科六犯(うち三犯は覚せい剤取締法違反の罪又はこれを含むものであり、一犯は大麻取締法違反の罪である。)の経験を有していることなどに照らすと、右弁解は到底信用できない。

(三) 被告人のその後の弁解

(1) 被告人は、右弁解録取の翌々日の平成五年二月二六日午後一時一〇分ころ、神戸地方検察庁において、検察官から弁解を録取されたが、その際は、「一 私が『みっちゃん』と呼んでいるAに対し、覚せい剤4.4グラムを譲り渡したということについては、身に覚えがありません。二 弁護人を選任できることはわかりました。」と供述し、同日、神戸地方裁判所における勾留質問の際には、「本件は身に覚えがない。一月半ばころと、二月一〇日くらいにそれぞれAの家に行っているが、一月二二日には行っていない。」と弁解するに至った(勾留事実は、逮捕事実と同じである。)。

(2) 被告人は、その後は、一貫して本件を否認しているが、その中で、逮捕時や逮捕直後の弁解録取の際逮捕事実を認める供述をしたことについて、次のような弁解をしている。

すなわち、まず当初は、「弁解録取の際には、よく聞いておらず、弁護士さんの件だけが記憶にあり、分かったと(答え)、署名し、指印した。」(平成五年三月五日付検察官調書)、「Aからシャブを買って使用したことはあるが、Aにシャブを渡した記憶がないので、認めることはできない。」(同月八日付警察官調書)、「逮捕の五日位前に、家で覚せい剤を注射したから、検査されると逮捕され、二年半は懲役に行くようになるので、Aに渡したことを認めても懲役に行くのはどうせ同じだと思い、Aに頼まれてシャブを引いて渡したこともあるなどと話していたが、そのころ、尿中から覚せい剤の反応が出なかったことが分かった。その後、被疑事実を告げられて逮捕され、弁解録取書を作成されたが、この度初めて見る書類で、右録取書は『被疑事実についてこれから調べること』『弁護人を選任できること』を告げただけだと思っていた。」(同月九日付警察官調書)、「Aからは三〇〇〇円か四、五〇〇〇円で覚せい剤一発分を買って打つだけで、覚せい剤の売り子になる話などない。仮に売り子になるとしても、分け前は売人七対売り子三という程度で、五分五分はない。逮捕前に本件事実を認めたのは、小便からシャブが出るのは分かり切っているから、それだけで懲役二年半は間違いなく、Aが私の名前を出しているのであればかぶってやってもよいと考えたからで、一晩留置場で考えたところ、Aに渡した記憶はなく、知らないことなので認めることはできない。」(同月一一日付警察官調書)と述べているが、その内容は、前記の弁解録取書に署名指印したことについてと同様であったり、自己の尿から間違いなく覚せい剤が検出されるだろうから、身に覚えのないAに対する本件覚せい剤譲渡の事実を認めたなどというものであって、到底信用できない。

次に、平成五年三月一五日、Aと対質された後の検察官調書では、「どうせ尿からシャブの反応が出ると諦めていたので否認せずにうんうんと半ば被疑事実を認めてしまった。ところが意外にも私の尿からシャブの反応がでないことが分かってそこではじめて私がAにシャブ五グラムを渡したことで逮捕状が出ているから逮捕すると言われ逮捕状を示された。私は、これに対し、そんな無茶なことはないという弁解はせず、そうですかと言って素直に逮捕に応じた。その時の弁解録取書をみると、間違いない旨書かれ、最後に署名、指印があるが、国選弁護人の話しか記憶にない。」「H主任から、最初は認めていたのに何故否認するか問われたが、尿からシャブの反応が出るからAに4.4グラムを譲り渡した件が追加されても刑は変わらないと諦めていたから否認しなかったと言って今日に至っている。」などと述べている。また、右検察官の面前で対質された際のAの話の要点は、前記Aの当公判廷での供述と同旨であるが、被告人は、それに対して、「そんなことはない、知らないものは知らないと言い続けたが、Aは昔からの知り合いの間柄でもあり、いくら言ってもAは引き下がらないと思ったから、『お前なんちゅうこと言うねん、俺を罪に落とす気か』という反撃まではしなかった。後は裁判で明らかにしてもらうつもりだ。」とか、更に、「Aと対決したが、叱り飛ばす必要がない、裁判で決着をつけようと思った」(同月一六日付検察官調書)旨述べている。

(3) 更に、本件起訴の日である平成五年三月一七日の勾留質問(勾留中求令状)においては、「覚せい剤を所持したことはもちろん、Aに譲り渡したことも全く身に覚えがない。Aは譲り受けたと言っているのに、どうして私がAと共謀して所持したことになるのか分からない。捜査官は、Aが売人、私が客であることを分かっているはずなのに調べてくれない」旨述べている。

(4) 被告人は、公判廷において、公訴事実記載の日時にはA方に行っていないと弁解しているが、その日時にどこにいたかについては、ただ覚えていない旨述べるのみである。

(四) 被告人の弁解の信用性

以上のように、被告人は、逮捕時及び逮捕直後逮捕事実について認めていたのに、その後それを覆し否認しているが、それらの理由について弁解するところは、逮捕時及び弁解録取時の各場面毎にはほぼ一貫しているものの、不自然、不合理なものであって、右弁解が信用できないのは既に述べたとおりである。また、その後の被告人の弁解も、右の弁解以上には何らなされておらず、公訴事実記載の日時にはA方にいなかったと言いながら、その点については何らの弁解もしていない上、本件が全く身に覚えがないのであれば、Aや捜査官などに対して怒りや憤りの感情を抱くのは当然と思われるのに、被告人の捜査段階以来当公判廷に至るまでの弁解・供述の内容や態度にはその感情が殆ど出ていないのは、不自然、不可解であり、結局、被告人の弁解は、全体として到底信用できないと言わざるを得ない。

3  総合評価

以上、その他の関係証人の供述と被告人の弁解を検討したように、被告人は、逮捕前から、Aに対して覚せい剤を売ったとの容疑によって逮捕されるかも知れないと認識していたにもかかわらず、逮捕時や弁解録取時にはAに対する覚せい剤の譲渡を認めたが、結局服役するわけにはいかないとの考えから本件を否認するに至ったものであり、前記のとおり被告人の弁解は信用できないことに加え、前記信用性の高いとみられるK供述中の、被告人のKに対する相談内容と被告人の弁解録取時の供述内容とが概ね符合しており、これは、Aの供述する被告人との共謀成立状況や共同犯行状況の一部を窺わせる事実とも言うべきものであることからすると、被告人と本件との関係についてのA供述の信用性を減殺するものはなく、かえって、その信用性を強めるものであって、結局、A供述の右の部分は信用できると言うべきであり、以上の諸事情を総合すると、判示事実を認めるに十分である。

四  結論

したがって、弁護人の主張は採用しない。

(累犯前科)

被告人は、(1)昭和六三年三月一四日神戸地方裁判所で覚せい剤取締法違反の罪により懲役一年八月に処せられ、平成元年一二月二一日右刑の執行を受け終わり、(2)その後犯した同法違反、窃盗の各罪により平成二年九月二一日同裁判所で懲役二年に処せられ、平成四年七月二二日右刑の執行を受け終わったものであって、右各事実は検察事務官作成の前科調書及び右(2)の調書判決謄本によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項に該当するところ、情状により所定刑中懲役刑を選択し、前記の各前科があるので刑法五九条、五六条一項、五七条により同法一四条の制限内で三犯の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中二五〇日を右刑に算入し、押収してあるポリ袋入り覚せい剤一一袋(平成五年押第九四号の1ないし11)は、判示の罪に係る覚せい剤で犯人の所有するものであるから、覚せい剤取締法四一条の八第一項本文によりこれを没収し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、Aと共謀の上、密売目的で覚せい剤を買い入れ、所持したという事案であるが、覚せい剤の害悪を社会一般に拡散させようとした点で悪質であるばかりか、被告人が、Aに対して本件犯行を持ちかけ、覚せい剤を販売して小遣い儲けをしようとしたものであり、その役割においても、またその動機においても酌むべき点はない上、被告人には前記累犯前科となる覚せい剤取締法違反等の前科二犯など同種前科三犯を含む前科六犯があり、平成四年七月二三日に前記覚せい剤取締法違反等の服役を終えて出所し、その後わずか半年で本件を犯したものであること、被告人は本件犯行について、不合理な弁解に終始し、反省していないとみられることなどにも照らすと、犯情は悪く、被告人の刑事責任は重いと言わざるを得ない。

したがって、本件所持にかかる覚せい剤の量は、この種事犯にしてはそれほど多いとは言えないことに加えて、被告人の家庭状況など、被告人に対して斟酌すべき事情もあるが、これらを総合考慮しても、被告人に主文掲記の刑を科すのは止むを得ないところである。

よって、主文のとおり判決する。

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